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Good Day to Die

this is my story

誕生日の意義

生きてゆく

毎年誕生日が来るたび憂鬱になる。

祝われないことが怖いのだ。

社交的な友達の多い子はたくさんのサプライズやメッセージやプレゼント、SNSでのコメントなど。

思うに誕生日という日は、普段どれだけ周りにコミットしてきたか(他人に感謝されたり大切に思われるようなことをしてきたか)というのが一番はっきりと表れる日なのだと思う。

だから祝ってもらえて嬉しい、プレゼントわーい、ではなくて、私にとっては気の引き締まる思いでもあるし、緊張する日でもある。

 

じゃあ誕生日ってなんのためにある日なのか?なぜ誕生日を祝うのか?

  1. 誕生日ということをきっかけにしてその人の人生や思いや未来に思いを馳せることでその人が存在していていいんだよということを表す日。
  2. その人自身が、親に、友達に、周りの環境に感謝する機会である日。

なのかなーって思うのね。他にもあるよーっていうのがあったら教えて欲しいです。

 

まず1について。

私が言いたいのは多分こういうことだろうなっていう一つのストーリーを見つけたので紹介したいと思います。

ベンジャミン・ザンダーというボストンフィルハーモニック管弦楽団の常任指揮者の講演を聴く機会に恵まれました。
場所はカナダのケベックコーチングの国際大会の基調講演者がザンダーでした。 ザンダーはイギリス生まれのユダヤ人で、指揮をするかたわら音楽学校も経営していて、リーダーシップに関する講演を世界各所で行っています。各国の政財界の首脳が集う
世界ダボス会議のような場に招かれて講演したこともあるということでした。
講演のまだ序盤、彼は2000人のオーディエンスに対して、「今日、誕生日の人はいませんか?」と問いかけました。
1人の女性が手を挙げると、ザンダーは彼女をステージに上がるよう手招きしました。
「皆さん、今日は彼女の誕生日です。ハッピーバースデーを歌おうではありませんか。幸い私は指揮者ですから、指揮をしましょう。立ち上がってください。さあ!」
アメリカ人がほとんどの会場ですから、みんな照れもなく歌いだしました。
ハッピーバースデーが会場に響き渡りました。すると、突然ザンダーは手を大きく振って、歌を止めました。
「皆さん、歌ってくれてありがとう。でも今のはただのお付き合いに過ぎませんね。とても心が込もっていたとは思えない。心を込めてもう一度!」オーディエンスはお腹の底から大きな声を出して歌い上げました。まさに大合唱です。しかし、またもザンダーは途中でストップをかけました。
「すごくいい! とてもエネルギーのある大きな声だ。でも大きな声で歌えばいいというものでもない。みなさん、忘れていませんか? 今日は正真正銘 彼女のバースデーです。彼女がこの世に生を受けたことをお祝いする日です」
「ちょっと想像してみませんか?彼女が生まれた日、彼女のご両親はどんな顔で生まれたばかりの彼女の顔を覗き込んだのかを。
子供のときはどんな遊びが好きで、どんなお友達がいて、どんな夢を抱いていたのかを。学生時代はどんな恋をし、どんなことに悩み、どんなことに一生懸命になっていたのかを。そして最近では、どんな仕事をしていて、どんな家族に囲まれていて、どんな将来を展望しているのかを。その彼女の、正真正銘の誕生日です。心を込めて、彼女という人間がここにいることの奇跡を歌を通してお祝いしましょう。さあ!」 オーディエンスの歌声は、ゆったりとした、気持ちの込められた音色に変わりました。会場の真ん中で、私の体は感動で少し震えました。
驚いたのは、ステージでその歌を聞いていた彼女の頬に涙がつたったことです。この経験は自分にとって衝撃的でした。その人の誕生日をお祝いするということは、その人が確かにそこに「存在している」ということを改めて思い出す行為なのだということが、
はっきり認識できました。そして、誕生日はその人の背後にある物語に思いを馳せる時間なのだと、仕事を通して出会えた喜びに感謝する時間なのだと気づきました。

出会いの確率は途方ないものこの世の中で、ある1人の人と、ある1人の人が出会う確率とは
どのくらいなのでしょう。「出会い」というものをどう捉えるかにもよるため、
本などではいろいろな数字が出ているようですが、純粋な数学的計算では、200億分の1にさらに
100億分の1を掛けるくらいの、途方もない率になるといいます。そのくらい、出会うということは
奇跡的なことなのでしょう。 1人の人との巡り逢いは、天文学的な率のもとで起きているといえるかもしれません。
引用;

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1339936053

 

コンプレックスの話*でもしたんだけど、生きてるって当たり前じゃなくて。

その人がこの世に存在してることも(だってものすごい数の男女がいてものすごい組み合わせがあるのにその中で二人が出会うのもそれが結婚までいくのもすごいこと。しかも同じ親でもものすごい遺伝子の組み合わせと可能性があるんだよ。果てしない数の可能性からたった一つが存在するっていう奇跡。)

 

この世で無事に生きてることも

 

そしてその場に偶然いることも、たまたまその人と出会ったことも、仲良くなったことも、

 

本当にすごいことだよ。

人生はたまたまと勘違い。

by 第二のお父さん

 

その出会いに、その偶然に、感謝。

そしてそのこと、その人に思いを馳せるのが誕生日なのかも.

「あなたに会えてよかった」「あなたのことを気にかけているよ」「あなたは生きてる価値があるんだよ、生きてるだけで十分なんだよ」って。

 

そして2、誕生日は親へのお祝いの日でもあるよね。

親は産むまでも、産んでからもものすごく大変な思いをして育ててきてくれたから今のその人がいるわけで。

親の立場になって考えたら、大変な思いをしながらも日々成長していく自分の娘息子の誕生日というのはどれほど嬉しいことなんだろう。

多くの場合お誕生日は当人しか祝われないけれど、本当にお祝いをするべきは親や支えてきた周りの人なのではないかと私は思う。